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ベランダ飲みの告白

Author: 雫石しま
last update Last Updated: 2025-07-04 11:01:01

 小鳥が部屋に帰ると、玄関ドアに製薬会社ロゴ入りの白いメモが貼られていた。議員控室のメモ用紙らしい。ドアノブにはコンビニの白いビニール袋にハイボール二缶。少し温かかった。

『20:15 ベランダで待つ』

(・・・果たし状ですか、これ)

20:13

隆之介と小鳥は冷蔵庫からハイボールを取り出した。小鳥の缶は温かかったので、氷を入れたグラスでオンザロック。

カーテンを開け、網戸を引く。ベランダにスリッポンとクロックスを置く音。

「よぉ」「はい」

 昼までの雨も上がり、夜空には星が輝いている。

「あ」

「どした」

「夏の大三角形」

「どれさ」

「あれ、あれ。お寺の屋根の上と、卯辰山、あとその天辺」

「あぁ、あれか」

 そして無言。

「飲まねぇの」

「近江さんだって」

「飲もうぜ、折角買って来たんだし」

「う、うん」

 プシュ、プルタブを引く。べこんと鳴る凸凹と柔らかいハイボールの缶。カランと乾いた氷の音。

「ほれ。乾杯」

「何に」

「まぁ、色々と?」

「はぁ」

 救急車のサイレンが寺町大通りから城南大通りへ遠ざかる。夏らしいパラリラと賑やかなオートバイの音が遠くから聞こえ、季節の風物詩のようだ。

「近江さん」

「何」

「近江さんと久我議員って不倫関係じゃなかったんですね」

 ブハッと吹き出す音がベランダに響いた。

「ま、まだそれ言う?」

「だって。秘書の長野さんたちが話していて」

「あぁ、それな」

「はい」

「身内だから優遇されてるんじゃ無いかって言われるの腹立つから大っぴらにしていないだけだし」

「そうなんですね」

 グラスが汗をかき、雫が滴る。足元に一滴。

「あぁ、だからか」

「何がですか?」

「おまえ、いつも久我議員って言う時、こえぇ顔してたし」

「だって。不倫とか、あり得ないし」

「ま、そうだわな」

「はい」

「他の奴に言うなよ」

「はい」

ジジジジ

駐車場で夏の終わりの蝉が転がる音。

「なぁ」

「はい」

「好きってことは、付き合ってくれる?」

(藤野はどうした?)

「え、と」 「付き合ってくれる?」

「はい」

「男女として?」

「生々しい言い方やめてください!」

「へい。ちょっと二缶目取ってくる」

「はい」

隆之介が冷蔵庫を開け、ガチャン、パタン。プシュとプルタブを開け、ゴクゴク飲みながら戻る気配。

「お前、不倫してるかもしれない男に告白?」
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